はじめに:パン・菓子市場に何が起きているのか
パン・菓子のデスティネーション化が進んでいます。「デスティネーション(destination)」とは「目的地・行き先」のことです。デスティネーション化とは、商品や店舗が消費者にとって“わざわざ行く目的地”になっている状態を指します。その背景にあるのが、「メリハリ消費」です。物価高騰が続く中で「節約するものはとことん節約し、せっかく選ぶなら意味のある1個を」という消費者意識が根付き、「体験価値・付加価値のある商品には財布のひもが緩む」という構造が定着しました。「モノ消費」から「コト消費」という消費トレンドが語られるようになり久しいですが、パン・菓子の市場でも、消費者は「何を食べるか」より「どんな体験をするか」を注視するようになってきました。
その変化は表れてきており、コンビニやスーパーマーケットもパン・菓子の新たな提供形態に取り組み始めています。例えば、セブン‐イレブンはレジ横で「セブンカフェ ベーカリー」というできたてパンの販売を強化(※1)、スーパーマーケットの「サミット」は、店内のベーカリーを拡充しています(※2・※3)。これらは、「近くて便利な場所で、できたてを食べたい」という体験価値を重視した、時代の流れに応えている取り組みです。
しかしこれらの例は、消費者がパン・菓子に求める体験価値のひとつに過ぎません。これまで「わざわざ足を運ぶ理由がある店の重要性が増している」などの文脈で、小売業界では「デスティネーションストア」という言葉が使われてきました。その概念がいま、パン・菓子の世界にも広がってきています。「近くにあるから買う」から「食べたいから行く」へ、この能動的な消費行動を生み出す、そんな「パン・菓子のデスティネーション化」がトレンドになっています。
重要なのは、「なぜ、そこに買いに行くのか」という消費者への動機づけです。本記事では、パン・菓子でいま注目すべき4つのデスティネーション化の型をご紹介します。商品の企画・開発、売り場づくりのヒントとしてお役立てください。
1. 「自分だけの1個」を求めて——カスタム・体験パン(参加型)

スープと具材を自由に組み合わせる麻辣湯(マーラータン)が爆発的に広まったように、「ベースを選び、具材を選び、組み合わせを楽しむ」プロセス自体が、消費体験の核心になっています。自分で選んで作る体験への欲求が食の分野全体で高まっているからです。選ぶ前のワクワク、選んでいる最中のワクワク、完成した瞬間のワクワク、この感情の連鎖が、食べることの主役を「作り手」から「食べ手」へと移しています。
その流れがパンの世界で最も自然に表れているのが、コッペパンです。シンプルな生地に何を挟むかを自分で決める、その行為が「自分だけの1個を完成させる」という新鮮な体験になっています。ミルククリームにするか、たまごサラダにするか、あんバターにするか。また、オーダー待ちの列で前に並ぶ人の注文を耳にして、「それもいいな」と気持ちが揺れる、このためらいさえも体験の一部なのです。選択肢の豊富さは消費者を飽きさせず、訪れるたびに違う1個が完成します。このワクワク感の連続が、また来たくなる参加型のニーズを生み出し、強力な来店動機となっています。
タコスやサンドイッチなど自分で完成させる専門店の増加からも、「選ぶ体験」への欲求が強まっていることが見えてきています。日本国内におけるメキシコ料理店・タコス店の店舗数は、2024年4月の1,159店から2026年4月には1,469店へと、2年間で約27%増加しています(※4、Circana, サカーナ・ジャパン調べ)。また、サンドイッチチェーン「サブウェイ」の国内店舗数も、2024年9月の178店から2026年9月には238店へと、2年間で約34%増加しています(※5・※6)。
「消費者に選択肢を与え、飽きさせない設計をする」、これが参加型デスティネーションの本質です。選ぶ前・選んでいる最中・完成した瞬間、3段階のワクワクを設計できた商品が、消費者を店舗へと動かす力を持ちます。
2. 和菓子が、生まれ変わる——ネオ和菓子(転換型)

ネオ和菓子とは、伝統的な和菓子のシルエットや基本構造はそのままに、素材・調理法・ビジュアル・食感といった要素を転換・再定義することで生まれる新しいカテゴリーです。「要素の転換」が加わった瞬間に、全く別の体験が生まれ、転換の組み合わせが増えるほど体験の独自性が高まります。「知っているのに驚く」という感情を引き出すことが、ネオ和菓子の本質と言えるでしょう。
この広がりを後押ししたひとつ目の要因が、インバウンド(訪日客)の支持を起点とした、和スイーツの世界的な広がりです。あんこにバターやチョコレート、チーズといった洋の素材を融合させるなどのアレンジは、従来の和菓子になじみがなかった外国人観光客にとっての、和菓子を食べるハードルを大きく下げました。和菓子に対する親しみやすさが生まれたことで、日本で和菓子を楽しむ外国人の姿が急増し、この「新しい和菓子の形」が強く支持されるようになったのです。さらに、その熱狂は日本国内にとどまらず、海を渡って世界へと波及しています。例えば、抹茶は海外でのニーズの高まりによって、国内では宇治抹茶が品薄になるほどの状況が続いています。また、それを追うように、ゆずを使ったスイーツやわらび餅が海外のローカルカフェのメニューに並び始めました。抹茶ほどの定着には至らずとも、和スイーツが多様な食文化と混ざり合いながら、現地の生活圏に入り込みつつあるのは確かでしょう。こうした「インバウンドでの成功」と「海外での広がり」という外からの評価は、日本人自身に伝統菓子の新しいポテンシャルを再認識させ、ネオ和菓子というカテゴリーの躍進を後押ししています。
もうひとつの要因はZ世代からの再評価です。昭和レトロブームを背景に、昔からある和菓子がかえって新鮮なものとして若い世代に広がり、幅広い世代への認知につながっています。例えば、「飲むわらび餅」は、食べる菓子から飲む菓子へ「形状」を転換、さらにわらび餅の「物性」を転換した事例です。ファミリーマートの「大きなふわもち生大福」は、大福にホイップクリームを使い「素材」を転換、さらに「ふわもち生」というように「食感」も転換しています。これらに共通するのは、食べる前の「知っている」という安心感が、一口目の驚きを際立たせる構造です。大福だと分かって口に入れた瞬間、「ふわもち」とした生食感が予測を心地よく裏切るのです。転換によって生まれるのは単なる新しさではありません。知っているからこそ際立つ驚き、そして「これはアリだ」という再発見の喜びです。これが、「知っているのに驚く」という感情をSNSで共有したくなる衝動につながり、トレンドを生む原動力となっています。
「温度の転換」も同類と言えます。猛暑が続く中、たい焼きを冷やして別の食感を生み出した商品は、気候変化・環境への最適化とも言える発想です。温度という一点を転換したとき、「冷たい和菓子専門店」「季節を超えた和菓子体験」という新しいデスティネーションが生まれます。「親しみのあるメニューだからこそ気軽に手に取れて、食べてみてその変化に驚かされる」という、「手に取りやすさ」と「驚き」の両立こそが転換型デスティネーションの特徴です。
3. 知っている定番が、新しい答えになる——ハイブリッド系パン・菓子(発見型)

ハイブリッド系パン・菓子とは、既存の2つの定番を掛け合わせることで生まれる新カテゴリーです。ネオ和菓子がシルエットや基本構造はそのままに、素材や食感といった中身を転換するのに対し、ハイブリッド系パン・菓子はAとBを対等に掛け合わせて全く新しい答えを生み出します。カヌレ×チュロスから生まれた「カヌチュロ」(Papillon)はその象徴です。どちらかが主役ではなく、掛け合わせそのものが新カテゴリーになります。
なぜいま、ハイブリッド化に注目するのでしょうか。その背景には、情報があふれ選択肢が無限にある時代における、消費者の「失敗したくない」という欲求があります。「足を運ぶからには、外れは引きたくない。しかし、完全に知っているものだけでは物足りない」というジレンマへの答えが、ハイブリッド系パン・菓子なのです。「片方は知っている」という安心感が失敗リスクを下げ、もう片方への好奇心が背中を押してくれます。
ハイブリッド系パン・菓子のここ数年の代表的な例として注目したいのが「クロワッサン」です。まず、2020年頃からクロワッサン×ワッフルの「クロッフル」が韓国カフェブームと連動して日本でも広まり、さらに2023年以降は、クロワッサン×フランの「クロッフラン」がフランス伝統菓子同士の掛け合わせとして注目を集めました。その後もハイブリッド化は続き、現在もさまざまなスイーツと組み合わせたメニューが登場しています。まさに、クロワッサンというひとつの定番が、掛け合わせる相手を変えることで、何度でも新しい答えを生み出していると言えるでしょう。重要なのは、ハイブリッド系パン・菓子が消費者に「発見」という体験価値を与えているということです。ここにハイブリッド化がトレンドに結びつく理由があります。
また、「生食パン」や「マリトッツォ」のように、単品のブームは時間がたてば落ち着く傾向があります。しかし、これらのパン・菓子が「掛け合わせる素材」として再定義された瞬間、それは何度でも新しい答えとして消費者の前に現れ、一過性の流行とみなされた存在から可能性を持つ素材へと進化します。つまりハイブリッド化とは、新商品の開発手法であると同時に、既存商品をよみがえらせる戦略でもあるのです。発見型とは、「異なる2つの掛け合わせによる、全く新しいジャンルの創出」です。消費者は安心感だけではなく、「実際に合わさったらどうなるのか?」「今までなかった新しいものが食べられる!」という未知の体験にも注目しているのです。掛け合わせの数だけ新しい答えが生まれる予測不能なワクワク感が、発見型デスティネーションの本質です。
4. 味だけでない楽しさを生む——新食感系パン・菓子(食感設計型)

「I’m donut ?」が火付け役となった生ドーナツブームは、2022年3月に東京・中目黒に1号店が誕生して以来(※7)、4年余りたった2026年も続いています。単品スイーツのブームは1~2年程度で沈静化する例が多い中、異例と言えるでしょう。注目を集めた第一の理由は「ドーナツなのに生」という革新性でした。ドーナツといえば、しっかり揚げた生地をかみしめるものですが、その常識に対して、揚げているのに揚げていないような口どけが消費者に刺さったのです。ただ、この革新性が効くのは、初めて買う人に対してだけです。今も行列が途切れないのは、リピート購入があるからにほかなりません。
そのリピートを生んでいるのは、食感の変化です。「I’m donut ?」の魅力は「生」という一点ではなく、ふわふわとした感触から、溶けて、消えていくまでの数秒にあります。味が「いちご味だ」と一度で判定を終えるのに対し、食感は数秒をかけて何度も表情を変えます。一口に複数の感覚が詰まっている分、1個から得られる満足は大きくなります。しかも生地の配合や製法といった構造で設計された食感は、簡単には複製できず、「その店ならでは」を生むため、独自性として支持されているのでしょう。
同じ構造は、身近な菓子にも見られます。セブン‐イレブンの「チョコっとマシュマロ」は、ふんわり軽いマシュマロをやさしい甘さのミルクチョコで包んだ一口菓子です。チョコの感触から、マシュマロのふわり、そして口どけと余韻へと、一粒の中で食感が移り変わっていきます。過去3回の販売ではいずれも初週で予定数量が終了、累計販売個数は約380万個を記録し、要望に応える形で再び数量限定で発売されました(※8)。新商品ではなく、同じ商品の再販で大きな反響があるというのも、変化する食感が支持されていることの表れと言えます。
食品全体において長らく値上げが続き、消費者が1個に求める満足度は以前より高くなっています。そこで有効なのが、味のバリエーションを広げるのではなく、食感というひとつの要素を深く掘り下げるアプローチです。例えば「外はパリパリ、中はもちもち」のような食感は、その店独自の配合や製法から生まれるため、簡単には複製できません。だからこそ、初めての人には革新性として、一度食べた人には心地よい記憶として届き、リピートにもつながります。これが食感設計型デスティネーションの特徴です。
おわりに:パン・菓子が目的地になる時代へ
冒頭で触れたように、いまの消費者は「近くにあるから買う」のではなく「わざわざそれを求めて行く」ようになりました。「おいしい」のはもはや大前提であり、それだけでは足を運ぶ理由になりません。いま起きているのは、消費者が求める「満足の基準」の変化です。従来の「おいしいものを食べて満足する」というベースに、さらなる要素(体験)が加わることで得られる「+αの満足感」を求めて、消費者は商品を選んでいるのです。価格や立地だけでは似た商品と横並びになってしまう中、選ばれる理由を自ら作り出すことが重要になっています。それが「消費者の能動的な欲求に応える体験・価値を持つこと」であり、パン・菓子のトレンドをけん引するデスティネーション化の本質です。
今回整理した4つの型は、まさにその「さらなる満足」をどう商品に上乗せするかという設計図です。参加型なら「選ぶ楽しさの設計」、転換型なら「一点の転換の設計」、発見型なら「分かりやすさと目新しさの設計」、食感設計型なら「一口の変化の設計」。自社の商品が消費者にとってどんな理由で選ばれているのかを見極め、パン・菓子市場の次なる可能性を切り開く手がかりとしてください。
流通ジャーナリスト 阿部牧人(あべまきと)
東京都出身、明治大学国際日本学部卒。大学卒業後、株式会社セブン‐イレブン・ジャパン入社、その後インド、中国、インドネシアにて現地コンビニチェーンのコンサルティング業務に従事。また、インドでは現地コンビニの立ち上げにもあたり、商品部門を担当。帰国後2022年より株式会社SARAHにて勤務。「月刊コンビニ(2023年休刊)」「月刊販売革新」などに執筆。
<出典>
(※1)株式会社セブン‐イレブン・ジャパン「お店での“できたて”商品の展開を拡充 お店で焼いた『セブンカフェ ベーカリー』販売エリア拡大 ~2025年3月までに全国の約3,000店舗まで拡大~」、2024年9月18日
(※2)ダイヤモンド・チェーンストア 大宮弓絵「既存店売上高が6.3%増! サミットのベーカリー部門を伸ばす3つの施策」、2023年1月10日
(※3)流通ニュース「サミット 決算/3月期売上高は過去最高・利益は2桁増益に、今期も増収増益を計画」、2026年5月13日
(※4)サカーナ・ジャパン株式会社「<外食・中食 調査レポート>タコスブームで、メキシコ料理・タコス店舗数が急増、 2026年は13.7%増」、2026年6月17日
(※5)食品新聞「ワタミ 『サブウェイ』日本事業を買収 ファストフード事業に本格進出」、2024年10月25日
(※6)WATAMI FAST CASUAL MANAGEMENT株式会社 サブウェイ公式サイト(2026年9月9日閲覧)
(※7)ELLE gourmet「『アマムダコタン』のドーナツ専門店『I’m donut ?(アイムドーナツ?)』がオープン。全フレーバーを実食リポート!」、2022年3月16日
(※8)株式会社セブン‐イレブン・ジャパン「累計販売個数約380万個!“ちょこっと”つまめるひとくちチョコ『セブンプレミアム チョコっとマシュマロ』が9月22日(火)より数量限定で再販決定!」、2026年9月15日









